文法と語用論と

吉田幸治(編)『話し手・聞き手と言語表現 — 語用論と文法の接点』(開拓社、2023年)

開拓者の言語・文化選書の第101巻として、『話し手・聞き手と言語表現 — 語用論と文法の接点』が出版されました。金澤俊吾・鈴木大介・住吉誠・西田光一・吉田幸治の各氏が分担執筆をしています。献本をいただきました。ありがとうございます。本書の紹介をさせていただきたいと思います。

まず各章の目次を章のタイトルの部分だけ示すと、以下のようになっています。

第1章 「文化的タテマエ」と文形式の選択
第2章 英語の名詞句にみられる構成素の省略について
第3章 語用論と文法の接点からみる「脱規範」 — 二重that構造の場合 —
第4章 副詞が生む語順の多様性とその伝達的機能
第5章 英語の談話照応における代名詞と定名詞句の機能分担

タイトルが示すように、本書の主要な論点は、英語の理解には英文法だけではなく、語用論的な側面の理解を欠かすことができないというものです。

第3章が扱う二重that構造(e.g. “We think that if we do that with an amnesty again as part of a package, that, once again, we will be sending the wrong message”, Voice of America, 2006, 本書p. 76より引用)などは単なる不注意としてスルーしてしまいそうなところですが、実際にコーパスを使用して調べてみると、実際に使用された用例が一定数見つかることがわかり、しかもなぜthatが繰り返されているのか、をある程度説明することができるという点で、言葉の面白さを感じさせます。

この点は、第5章が扱う照応の問題にも共通するところがあります。実際には代名詞で受けるには十分な先行詞が文中に与えられていないと思われる場合でも、違和感なく理解できてしまう場合があったり、別の名詞で受けているのに、それが文中の何を受けているかが自然に理解できる場合があるなど、文法だけでは説明できない部分が多々あることがわかります。p. 163でFiengo and May (2006: 49)より引用されている “Max, who sometimes ignores his boss, has more sense than Oscar, who always gives in to him“に見られるような「怠惰代名詞」(pronouns of laziness)についても、各方面からの詳しい解説がなされていて、言葉が文法を超えたところにコミュニケーション力を有していることがわかります。

第4章が扱う語順の問題も、実際の言語使用の場面で重要になってくるという意味で、やはり語用論的な視点が不可欠な領域と言えるでしょう。ここでは文中での位置が多様となりやすい副詞が取り上げられ、それぞれの位置で、情報伝達の視点から、どのような役割が付与されるのかを、コーパスがらえられた具体的なデータとともに解説されています。
タイトルの『話し手・聞き手と言語表現』というのは少しわかりにくい感じもしましたが、副題の「語用論と文法の接点」というところに、本書の各章に共通するテーマ設定を読み取ることができると感じました。

参照文献

Fiengo, Robert and Robert May. 2006. De Lingua Belif. Cambridge, MA: MIT Press.