時代をつなぐ共通のテーマ

渡辺拓人・柴﨑礼士郎(編著)『英語史における定型表現と定型性』

英語史研究会冊子(Studies in the History of the English Language)の第10号として、『英語史における定型表現と定型性』(Formulaic Expressions and Formulaicity in the History of English)が刊行されました。著者の方から献本をいただきました。ありがとうございます。本の紹介をさせていただきます。

言語を構成する要素として語彙がありますが、個々の語彙が一定の並びで繰り返し起こるときに、何らかの型のようなものが形成されて、定型性を帯びてくることがあります。本書は、英語におけるこの定型という問題を、幅広く捉え、古英語から現代英語に至るさまざまな事例を考察した論文集です。目次は以下のようになっています。(括弧内は各章の著者)

目次

はじめに(渡辺拓人・柴﨑礼士郎)
定型表現研究と英語史(柴﨑礼士郎)
古英語の語順に見られる定型性(小塚良孝)
『古英語殉教者録』における節レベルを超えた定型性(高橋佑宜)
中英語頭韻詩における定型性―定型句の用法を中心に(鎌田幸雄)
後期中英語から初期近代英語の法文書の定型性―特に二項句について(谷明信)
初期近代英語におけるbe ready toの近接未来用法―文法化と定型性の観点から(渡辺拓人)
語用論標識but the fact is thatの定型化-後期近代英語と現代英語を中心に(柴﨑礼士郎)
ESPの観点からの定型表現の観察―新しいジャンルの誕生と進化の軌跡をたどる(野口ジュディー)

「はじめに」に続く「定型表現研究と英語史」では、定型表現についての先行研究が広く吟味されていますので、定型表現の研究の歴史や方向性を概観するために活用できると思います。古英語を扱った2編は、いずれも文学作品(文献)の特定のジャンルと定型性の関係を論じます。「古英語の語順に見られる定型性」はAnglo-Saxon Chronicleを資料として、年代記に繰り返し現れる定型表現を扱います。「『古英語殉教者録』における節レベルを超えた定型性」では、殉教者録という特殊なジャンルにおいて、どのような記述のあり方が定型化していたかを、語彙のレベルを超えてナラティブの視点から議論します。

中英語を扱った2編も特定のジャンルの文献の定型性に焦点を当てますが、定型表現を支える構造に関心を向けた議論が展開されているところが特徴的です。「中英語頭韻詩における定型性―定型句の用法を中心に」は、中英語期の頭韻詩を扱い、with + (DET) + Adj. + wordesのような鋳型に注目します。一方、「後期中英語から初期近代英語の法文書の定型性―特に二項句について」では、A and Bのような二つの語から形成される句が定型性を帯びるということがどのようなことであるのか、そしてその特徴についての議論がなされています。

近代英語を扱う最後の3篇のうち、「初期近代英語におけるbe ready toの近接未来用法―文法化と定型性の観点から」「語用論標識but the fact is thatの定型化-後期近代英語と現代英語を中心に」は、いわゆるform-to-functionの手法で、特定の語彙から出発し、その語が定型性を帯びるか否かを、データに基づいて検証します。これに対して「ESPの観点からの定型表現の観察―新しいジャンルの誕生と進化の軌跡をたどる」は、特定の語から出発するのではなく、むしろどのような語彙のまとまりに定型性を見ることができるかをresearch questionとし、n-gramを手掛かりに検証します。定型表現の研究にさまざまな手法が可能であることを、本書を通して読み取ることが可能です。(2023年)

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