方言と言語

方言か言語か

「方言」「言語」といったコトバの基本的な概念の定義は、実は簡単ではありません。お互いに十分に理解できても言語の境界が引かれている、あるいはその逆もあるからです。

しばしば例として出されるのが、スカンディナヴィアの言語がどれほど似ているか、という問題です。Suzanne Romaine, Language in Society: An Introduction to Sociolinguistics (OUP, 2000 [1994])の例で見てみましょう。

“In Scandinavia, for instance, if a traveller knows Danish, Swedish, or Norwegian, it is possible to communicate across language boundaries. Certainly, linguistically the languages are very close, in fact close enough from a linguistic point of view to be considered dialects of one language”. (p. 11)

さらに具体的に、

“Danish and Norwegian have a great deal of vocabulary in common, but differ in pronunciation, while Swedish and Norwegian differ more in vocabulary, but have a more similar pronunciation”. (p. 11)

と述べられています。どのように類似しているか、という類似のあり方に同じスカンディナヴィアの言語間に違いが見られるようです。

このようにどれほど類似していても、別の言語であると一般に認識されている場合が少なくありません。実際、国境をまたぐと言語が異なるとされることも多いのです。つまり、言語の外側の事情が多分に関係しています。

一方で、英語やドイツ語、スペイン語など、異なる国の間で同じ言語が使用されているとされる場合もあります。実際には、地域による違いがかなり大きいにもかかわらずです。

最後に、languageとdialectという用語の歴史について見てみたいと思います。両者ともに外国語から輸入した借用語であるところが面白いところです。E. Haugen の “Dialect, Language, Nation” (in The Ecology of Language, ed. Anwar S. Dil. Stanford: Stanford University Press) に次のような簡単なまとめがあります。少し長くなりますが、引用してみましょう。

Language is the older, having partially displaced such native words as ‘tongue’ and ‘speech’ already in Middle English. The oldest attestation in the OED is from 1290: ‘With men that onder-stoden hire langage’. The French word is itself late, being a popular derivative of Latin lingua with the probable form *linguaticum, first attested in the twelfth century. Dialect, on the other hand, first appears in the Renaissance, as a learned loan from Greek. The oldest OED citation is from 1579 in reference to ‘certain Hebrue dialectes’, while the earliest French I have found (in Hatzfeld and Darmesteter’s dictionary) is only sixteen years earlier and speaks of Greek as being ‘abondante en dialectes’. A 1614 citation from Sir Walter Raleigh’s The History of the World refers to the ‘Aeolic Dialect’ and confirms the impression that the linguistic situation in ancient Greece was both the model and the stimulus for the use of the term in modern writing” (p. 98)

現在ではどちらも定着した単語ですが、languageの方が数百年ほど、その歴史が長いようです。

linguistic languages と social languages

方言か言語かの定義が簡単ではないことは、上でも述べた通りです。そうした中、言語をどのように定義するにせよ、そもそもその定義の基準が言語的な定義なのか社会的な定義なのか、という点にも注意する必要があります。Graeme Trousdale の An Introduction to English Sociolinguistics (Edinburgh University Press, 2010) では、この点に関して、linguistic languages と social languages という表現が使用されています。Trousdale の著書から、関連の箇所を引用してみます。

“One potential problem with such approaches (that is, those which consider both linguistic and sociopolitical criteria for establishing which varieties constitute a language) is that they use two very different sets of rules for classifying the same group of objects, so in some cases you end up with ‘linguistic languages’ and in other cases ‘social languages'”. (p. 7)

言語というのはそもそも言語的なものなので、linguistic languages というと少しおかしな感じがしますが、social languages と合わせて考えると、意味が通ります。

David Crystal at the Edinburgh International Book Festival

YouTubeで、David CrystalがEdinburgh International Book Festivalで行った講演の動画が配信されています(2015年)。方言(dialects and accents)についてのエピソードが面白おかしく、たくさん紹介されています。1時間近い動画ですが、楽しみながら見ることができます。前半では、方言辞典(The English Dialect Dictionary)で有名なJoseph Wrightが紹介され、このプロジェクトがどのように進められたかなどが詳しく解説されます。方言研究では、「方言の方に行く」、つまり現地調査をする方法と、「方言に来てもらう」、つまりアンケート等によって情報を収集する方法があり、Wrightの場合は後者になります。

動画な半ばには、息子のBen Crystalが登場し、世代間で英語がどのように変化したかを面白く、語ります。特にscheduleという単語の発音に焦点をあて、ここからアメリカ英語の影響や、accommodationといった概念に話が発展していきます。さらにBenが得意なエリザベス朝時代の発音への言及から、発音の歴史的変化についても話が進みます。お二人とも話が上手なので、あっという間に1時間が終わります。