語源的綴り字

語源的な綴り字が導入された時代

英語の綴り字には発音されない文字が含まれていることがよくあります。その理由は複数で、knightのkのように以前は発音されていたけれども、今日ではその発音が落ちてしまったというのは比較的わかりやすいケースです。これに対して、規範的な意識が働いたために発音とは関係なく文字が挿入されたのが、いわゆる語源的綴り字 (etymological spelling) となります。語源的には含まれていたはずの文字を後から追加するケースで、ラテン語等の外国語由来の単語を多数含んでいる英語では、このケースも少なくありません。

たとえば、debtのbやdoubtのbがそれにあたります。時には発音も復活することがあり、adventureはdが挿入されただけでなく、綴り字の影響を受けて、発音も変化し、現在ではdが発音されるようになりました。

この語源的綴り字の最盛期は、古典語への関心が高まった初期近代英語期、特に16世紀に注目が集まっていたのですが、最近、それよりもかなり早い中英語期の語源的な綴り字にも関心が寄せられるようになっています。本ブログの管理者の家入も、同様に語源的綴り字に関心を持つ方々との共同研究を中心に、この分野の研究を進めています。

これまでに数本の論文を公刊してきましたので、参考までに以下にリストしておきます。

Iyeiri (2017) は、doubtの綴り字でbの使用が増えてくる過程をThomas Moreの文献を使用して分析します。Hotta and Iyeiri (2022) では、EEBO Corpus (Early English Books Online) の膨大なデータを用いて、いくつかの該当語彙を調査し、語彙ごとに語源的綴り字が導入される時期が異なることを明らかにしました。Iyeiri and Uchida (2021), Uchida and Iyeiri (2023) は、William Caxtonがフランス語から翻訳したParis and Vienne における語源的綴り字を調査し、フランス語の影響がどの程度見られるかを分析しました。中英語期の文献でも、語源的綴り字が重要なテーマの一つになることを示しました。

堀田隆一先生のVoicyにも、doubtの語源的綴り字を扱った「#707. 先生,なんで doubt には発音しないのに <b> が入ってるんですか? — 寺澤志帆さんとの対談」がありますので、リンクを張っておきます。